刑法は法学部で学ぶ科目の中でも最も哲学的な要素が強いです。
刑法の条文自体は単純で数も少ないですが、たくさんの学説が乱立しており、論文試験では、その学説の中から一つ選び、筋の通った論文を書けるようになることが大切です。
ほとんどの人にとっては、刑法の知識が日常生活や実務で役立つことはありませんが、論理的思考力を磨くのに適した科目です。
刑法とは?
刑法も法学部で必ず勉強する科目の一つです。
憲法、民法、刑法の3つはどの大学でも必ず勉強する重要科目のため、六法とは別に「三法」と呼ばれることもあります。
条文を見ても分かる通り、刑法は一般の方でも読みやすい条文が多いです。
例えば、名誉毀損が刑罰の対象になることはよく知られていると思いますが、次のように規定されています。
刑法 (名誉毀損) 第二百三十条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。 2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。 |
この条文を見れば、名誉毀損に当たる行為をしてしまったら、三年以下の期間で刑務所で服役しなければならなかったり、五十万円以下の罰金を取られることがあるんだなということが分かると思います。
それなら、普段から、名誉毀損に当たる言動を慎まなければならないな。と考えるでしょう。
刑法は、どんな行為が犯罪になって、その犯罪を犯した場合はどの程度の刑罰(法定刑)に処せられるのか? ということをまとめた条文です。
構成としては非常にシンプルなので、読みやすいですし、「すごく簡単な科目」と思われがちです。
しかし……。
法学部で勉強する場合は、こんな単純な話で終わるわけではありません。
名誉毀損の話でも、
「そもそも、名誉とは何ですか?」
という哲学みたいな話から始まります。
一応、その回答は、戦前の大審院時代に判決が出されていて、「名誉とは人の社会的評価又は価値を指称する」という定義づけがなされています(大判昭和8年9月6日)。
名誉の意味が分かったら、次に、
「では、人とは何でしょう?」
という話になります。
「えっ?」
と思うかもしれませんが、要するに、個人だけを意味するのか? それとも株式会社などの「法人」を含むのか? さらに、東京都民、九州人のように「不特定多数の人」も含むのか? という話です。
答えを言ってしまうと、個人を指すことはもちろんですが、法人も含まれます。そのため会社を名指しして、名誉を毀損する言動をすれば名誉毀損罪が成立します。
それに対して、東京都民、九州人といった「不特定多数の人」を標的に名誉毀損に当たる言動をしても名誉毀損罪は成立しないとされています(大判大正15年3月24日)。
例えば、正確な統計を示さずに、「東京都民は不倫率が高い」と言っても、名誉毀損にはなりません。
このように刑法の条文自体はシンプルですが、学問として学ぶ場合は、ものすごく深い話になるので覚悟が必要です。
では、刑法は、どの程度重要なのか、五段階で評価してみました。
日常生活でのお役立ち度 |
★☆☆☆☆ |
実務での重要度 |
★★☆☆☆ |
国家試験での重要度 |
★★★☆☆ |
講義の楽しさ |
★★★★☆ |
刑法の日常生活でのお役立ち度
刑法は、日常生活で役立つのでしょうか?
結論から言うと、普通の人が日常生活を送っている限りにおいて、刑法の知識が役立つことはありません。
そもそも、何が犯罪になるのかは、常識があれば分かることばかりです。
道徳的に悪いことは、刑法上も犯罪になります。
そのため、特別に刑法を学ばなくても、うっかりと犯罪行為をしてしまい、ある日突然、警察から逮捕状を突き付けられるなんていう事態は起きないと思います。
最近では、オンラインカジノなどの賭博が犯罪になることを知らない人もいるようです。
オンラインでも日本国内で賭博をした場合は下記のとおり、刑法の賭博罪に抵触します。
刑法 (賭博) 第百八十五条 賭博をした者は、五十万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭かけたにとどまるときは、この限りでない。 (常習賭博及び賭博場開張等図利) 第百八十六条 常習として賭博をした者は、三年以下の拘禁刑に処する。 2 賭博場を開張し、又は博徒を結合して利益を図った者は、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。 |
しかし、こんなことは、刑法を知らなくても、ニュースなどを読んでいれば、ほとんどの方は、ヤバいんだなと分かると思いますので、刑法を知っているかどうかはあまり関係ありません。
そういうわけで、日常生活で刑法の知識が役立つことはありません。
刑法の実務での重要度
刑法の知識が弁護士などの法曹関係者や行政書士などの隣接法律専門職、企業の法務担当者などに役立つのかという話です。
刑法の指標は星2つです。
まず、行政書士などの隣接法律専門職、企業の法務担当者にとっては、刑法の知識はあまり関係ありません。
刑法の知識が役立つ人は、刑事弁護専門の弁護士、検察官、検察事務官、警察官、裁判官といった、司法や公安関係の職種の方たちだけです。
弁護士でも、刑事弁護をやらなければ、刑法なんて忘れてしまうでしょう。
刑法は、必要な人は常識として知っていなければなりませんが、関係ない人にとっては、あまり意味のない法律ということになります。
刑法の国家試験での重要度
刑法が出題される国家試験は限られています。
司法試験では、最重要科目の一つですから、司法試験に限定すれば、星5つという指標になります。
司法試験以外では、司法書士試験でも刑法が出題されますが、出題科目数はわずかで、マイナー科目の一つにすぎません。
公務員試験の一つである警察官試験は、刑法が出題されるんじゃないの? と思われがちですが、実は、警察官試験に合格するのに、刑法の知識は必要ありません。
警察学校に入ってから、みっちり勉強してくださいということでしょう。
そういうわけで、刑法をしっかり勉強しなければならない国家試験は、司法試験だけです。
刑法の講義の楽しさ
法学部の刑法の講義は楽しいのでしょうか? という指標です。
楽しいかどうかは、担当教員次第ですが、内容からして、民法に次いで面白い科目になる可能性が高いと言えるでしょう。
多くの方は、刑事ドラマとか法廷もののドラマなどで刑法に触れていると思います。
ニュースなどでも、いろいろな犯罪が報道されているので、自分には縁がないことと思いつつも、具体的なイメージがわきやすいでしょう。
ドラマとかニュースを取り上げて、学生の関心を引くような楽しい講義を行ってくれる教員もいます。
また、元検事のような実務家教員の場合は、実務を絡めた話をしてくれるとものすごく興味深い話になるはずです。もちろん、期待外れのこともありますが。
一方で、ガチで刑法の講義をやった場合は、難しい話になりがちです。
刑法は、「刑法総論」と「刑法各論」の二つに分けられます。
このうち、刑法各論は、上記で紹介したように名誉毀損とはどのような犯罪なのかを細かく見ていく学問になります。
刑法の条文でいえば、第二編「罪」の第二章「内乱に関する罪」から第四十章「毀棄及び隠匿の罪」までに相当する部分です。
こちらはそんなに難しい話ではありません。根気よく条文と判例を覚えるだけです。
それに対して、「刑法総論」は、難解です。
条文上は、第一編「総則」のことを指して、例えば、正当防衛、過剰防衛といった話を含みます。
正当防衛、過剰防衛は知っている人も多いと思います。
「人をケガさせても、自分を守るためなら、正当防衛だから罰せられないんだよね。その場でも、やりすぎたら、過剰防衛になるんだよね」という具合で、難しい話ではないように思うかもしれません。
こちらの分野は「刑法総論の知識編」といい、比較的分かりやすい話になります。
難解なのは、「刑法総論の体系編」です。
まず、犯罪とはどういう場合に成立するのかという話から始まります。
答えを言うと、犯罪は、
- 構成要件該当性
- 違法性
- 責任
の3つを満たす場合に成立します。
構成要件該当性とは、名誉毀損なら、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した」という要件にぴったり当てはまったという意味です。
この構成要件は様々な分類があるので、それを体系的に解き明かしていくことになります。
違法性とは、法秩序に実質的に違反していることを意味しますが、では、どういう行為が違法になるのかを哲学的に解き明かします。
例えば、個人の法益を侵害したり危険にさらすことが違法と考える説もあれば、社会倫理規範に違反する行為が違法だと考える説もあります。様々な学説があるのでそれぞれの考え方を学びます。
どの学説を取るかによって、犯罪と言えるのかの結論が異なるわけです。
責任とは、責任能力、故意、過失の話です。さらに違法性の意識は必要なのかといった話も含みます。
刑法総論の分野は、様々な学説が乱立している状態なので、その中から、自分の考え方に合う学説を選んで、その学説の筋書きに沿った論文を書けるようになることを目指します。
司法試験対策としては、論文を書きやすい学説というのを予備校が示しているので、それを暗記すればいいわけですが、学問として本格的に学ぶ場合は、その深さに驚くはずです。
学者を目指すなら、研究のし甲斐がある分野ですが、試験対策や単位を取ることだけが目的なら、深入りせず、論文を書きやすいかどうかを優先しましょう。
まとめ
刑法は、知っていても日常生活で役に立つことはありませんし、仕事で刑法の知識が必要な人も限られています。国家試験対策でもしっかり勉強しなければならないのは司法試験を受ける人だけです。
ただ、論理的思考力を磨くには最も適した法律なので、哲学的な話が好きな方は、ハマるでしょう。
学問として追究するのに面白い分野なので、興味のある人は深く研究してみてください。