3月から4月にかけては、新生活のために、引っ越しをされる方も多いと思います。
この時期、引っ越し業者や不動産会社(宅地建物取引業者)は、引っ越し作業や賃貸物件の新規契約などで書き入れ時になります。
同時に、これに絡む消費者トラブルも発生しやすい時期です。特に、原状回復費用や敷金返還をめぐるトラブルが多発しやすくなります。
この記事では、原状回復費用や敷金返還をめぐるトラブルの内容やこれを回避するための手段について解説します。
- アパートや賃貸マンションの契約内容
- 敷金が返還されないトラブル
- 原状回復費用はどこまでが賃借人の負担なのか?
- 見落としがちな補修費用の特約(通常損耗補修特約)
- 最初からあった傷の補修も負担させられるトラブル
- まとめ
アパートや賃貸マンションの契約内容
アパートや賃貸マンションを借りる際は、大家さん(賃貸人)との間で、賃貸借契約を締結します。
契約期間は2年、月々の賃料は何万円。そのほか、共益費としていくらかかる。といったような契約内容です。
それと同時に締結することが多いのが、敷金契約です。
敷金の定義は、民法第六百二十二条の二に次のように規定されています。
いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。 |
敷金の額は家賃の1ヵ月分〜2ヵ月分が相場とされています。
例えば、家賃が10万円ならば、契約時に、家賃とは別に10万円〜20万円支払わなければなりません。
そのため、家賃が10万円のアパートや賃貸マンションを借りる際は、
家賃10万円+共益費等1万円+敷金20万円=約31万円といったまとまったお金が必要になります。
そして、敷金は、賃借人が家賃を滞納した際に充当することが予定されていますが、家賃の滞納等がなければ、賃貸借契約が終了し、賃借人が部屋を明け渡した後で、賃貸人から返還されることになっています。
敷金が返還されないトラブル
家賃を滞納していなければ、敷金は全額返還されるのが基本です。
しかし、実際には、敷金が返還されなかったり、返還されても額が少ないこともあります。
その理由は、賃貸人側で「原状回復費用」と称して、敷金から部屋のハウスクリーニング費用を差し引いているためです。
部屋の状態によっては、クロスやフローリングの貼り替え、水回りの修理代金も掛かり、敷金が全く戻ってこなかったり、逆に修理代金を要求されてしまうこともあるようです。
もちろん、賃借人側に落ち度があるなら、負担すべきこともありますが、部屋を傷つけた覚えがないのに、敷金の返還額が大幅に減額されてしまい、トラブルになってしまうこともあります。
原状回復費用はどこまでが賃借人の負担なのか?
賃貸物件から退去する際の原状回復費用は、どこまでが賃借人の負担なのでしょうか?
この点については、民法第六百二十一条に明確な規定が置かれています。
民法 (賃借人の原状回復義務) 第六百二十一条 賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。 |
この条文の意味を簡単に解説すると次のようになります。
賃借人は、入居中に賃貸物件を傷つけた場合は、退去時にその傷を元に戻さなければなりません。これを原状回復義務と言い、そのためにかかる費用は賃借人の負担になります。
ただ、次のような傷は対象外です。
- 通常損耗
- 経年変化
これらについては、賃貸人が負担して直すのが原則です。
賃貸人は、通常損耗や経年変化が生じたら、その都度、自分のお金で直すことを予定しているはずですし、その費用を見越して家賃を設定しているからです。
このように、条文上は賃借人が負担すべき原状回復義務の内容が明確に線引きされているように見えます。
しかし、現場の状態から、「通常損耗、経年変化なのか? 賃借人が傷つけたのか?」という判断が難しいことから、双方で主張に食い違いが生じて、トラブルになりがちです。
この場合、判断の基準となるのが、「住宅:「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」について - 国土交通省」です。
- 通常損耗、経年変化とは何か?
- 賃借人が原状回復義務を負うのはどのような傷なのか?
といった具体的な内容が解説されているので参考にしましょう。
見落としがちな補修費用の特約(通常損耗補修特約)
民法第六百二十一条の賃借人の原状回復義務の規定は、任意規定と言い、賃貸人と賃借人の間で特約を定めなかった場合に適用される規定です。
特約があれば、上記とは異なるルールでの運用も可能です。
例えば、通常損耗、経年変化についても、賃借人の負担で修理するといった定めをすることもできます。
この場合、賃貸人側は、退去時に発生するハウスクリーニング費用やその他諸々の費用をすべて、賃借人の負担として敷金から差し引くことができるため、結果として、賃借人の手元に戻ってくる敷金が大幅に減額されてしまうという事態になります。
私も本業で、敷金が戻ってこないとか、少なすぎるということで相談を受けることがあるのですが、賃貸借契約書を確認させてもらうと、「補修費用の特約(通常損耗補修特約)」が盛り込まれているケースが多いです。
このような場合は、賃貸人側に対して、おかしいのではないかと主張したところで、契約書に書いてあるから問題ないと突っぱねられてしまい、結局、賃借人側が泣き寝入りするしかないという事態に陥りがちです。
ただ、賃貸借契約に補修費用の特約(通常損耗補修特約)を盛り込む場合は、当事者間で明確な合意が必要とするのが最高裁の見解です(最判平成17年12月16日 集民 第218号1239頁)。
明確な合意の具体的な例として次の2つを挙げています。
- 賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されている。
- 賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められる。
つまり、契約書を読めば、通常損耗の補修が賃借人の負担になることが明らかであるかどうか、契約書から読み取りにくい場合は、契約時に口頭で説明するなどして、賃借人の理解を得ているかどうかということです。
そのため、賃借人としては、賃貸借契約を締結する際は、契約書の条項に目を通して、補修費用の特約(通常損耗補修特約)が盛り込まれているかどうか確認しておくことが大切です。
多くの場合、不動産屋さん(宅地建物取引士)が説明すると思いますので、疑問点は質問するなどして解消しておきましょう。
最初からあった傷の補修も負担させられるトラブル
補修費用のトラブルで、もう一つ、ありがちなのが、賃借人が入居した時点で、既にあった傷の補修の費用まで、負担させられてしまうというケースです。
「前の借主がつけた傷なのに、何で自分が補修の費用を負担しなければならないのか!」
このように退去時に賃借人側が大いに不満を抱いてしまうのは当然でしょう。
しかしながら、
- 最初からあった傷なのか?
- 賃借人がつけた傷なのか?
という点は退去時に証明する手段がないため、賃貸人側から「賃借人がつけた傷だ」と言われてしまうと反論する術がないのが実情です。
結果として、この場合も賃借人側が泣き寝入りするしかないという事態に陥りがちです。
ただ、この手のトラブルは、入居時に部屋の内外をしっかり確認することによって、回避することができます。
国土交通省が用意した「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」にも、「入居時にも賃貸人・賃借人双方が立ち会い、部屋の状況を確認しチェックリストを作成しておくことが大切です。」と書かれています。
賃借人としては、契約時に賃貸人側(大抵は不動産会社の担当者)と一緒に部屋の内外(室内だけでなく、ドアや外壁など外側も忘れずに)を確認し、その際に、傷等を発見したら、スマホなどで撮影しておくことが大切です。
写真の方が鮮明な映像を撮れる事が多いと思いますが、性能が良いスマホなら、動画でもよいでしょう。
このようにして、入居時点での状態を写真や動画で記録しておき、賃貸人側とも共有しておきましょう。
そうすることにより、退去時に、最初からあった傷の補修も負担させられるというトラブルを回避することができます。
逆に、この手間を惜しんだ場合は、賃貸人側から多額の補修を求められてしまう事態も想定されますから、十分に注意したいものです。
まとめ
春先は、引っ越しなどで新たに賃貸物件を借りる方も多いと思います。
入居時は、大きなトラブルは起きにくいですが、退去の際は、敷金の返還や原状回復を巡るトラブルが多発しがちです。
しかし、こうしたトラブルは、契約時、入居時に、
「契約書をよく読む」
「入居時に部屋の内外をチェックする」
この2つを心がけることで回避することができます。
これから、賃貸物件を借りて、新生活を始める方は参考にしてください。