行政法は、国の統治機構である立法、司法、行政の三権のうち、「行政」の権限等を定めた法律分野です。
「三権分立とは何か?」を理解したうえで、では、「行政は、どのような権限を持っているのでしょうか?」という話になるため、憲法の「統治」分野の延長のような側面があります。
そのため、憲法を勉強済みであることが前提なので、法学部では2年生以降に学ぶケースが多いようです。
行政法は何を勉強する科目なのか?
行政法の勉強に入る時に、多くの担当教員はこう言うでしょう。
「行政法という法律は存在しません」
法律が存在しないのに、行政法という名前を冠しているのはどういうこと? と多くの方は困惑すると思います。
試しに、六法を開いてみると、憲法の次辺りに「行政」と呼ばれる法分野の法律がまとめられていると思います。
このあたりのことを勉強するんだなと察することはできると思いますが、憲法、民法、刑法、会社法と異なり、「行政法」という法律が存在しないことに愕然とするかもしれません。
これまで、条文をベースにその条文に関連する判例を確認するスタイルで勉強してきた方は、ベースとなる条文が存在せず、一体何を勉強するのかと困惑しがちです。
その意味でも、行政法は法学部で学ぶ科目の中でも、特殊な位置づけの科目と言えます。
では、法学部では、行政法で何を勉強するのでしょうか?
結論から言うと、「行政主体が仕事をする際の共通する大まかなルール」を学ぶのが行政法です。
「行政主体」とは、会社法で言えば、法人、つまり、〇〇株式会社に相当します。言い換えれば、行政主体とは、国、地方自治体(都道府県、市区町村)のことを指します。
そして、行政主体には、実際に仕事をする「行政機関」が存在します。会社法で言えば、代表取締役、取締役会、株主総会などのことです。
行政機関は細かく分かれていて、トップに立つのが、「行政庁」です。会社法で言えば、代表取締役に相当します。国、地方自治体であれば、内閣総理大臣、知事、市長などのことを指すわけです。
行政庁だけでは仕事はできませんのでその下で働く職員が必要です。公務員と呼ばれる人たちですね。この人たちのことを、行政法では、「補助機関」と言います。一般の職員はもちろんのこと、各省庁の次官、副知事と言った立場の人達も含みます。
そして、こうした人達に共通する大まかなルールを学ぼうというのが、行政法です。
なるほどね。と納得してはいけません。
こういう学問だからこそ、行政法はつまづきやすい分野でもあるわけです。
そもそも、内閣総理大臣、知事、市長はそれぞれ、権限が違いますし、仕事をする際の根拠法も違います。
共通する大まかなルールを勉強するとなると、ある時は国の話になったり、都道府県の話になったり、警察の話になったりと、いろいろな事例がポンポン飛び出すわけです。
それだけに、今、何の話をしているのかをしっかり押さえておかないと、混乱してしまいますし、講義についていけなくなってしまいます。
講義をサボってたまに出てくるだけだと、確実に単位を落とします。
では、行政法の重要度について、5段階で評価してみましょう。
日常生活でのお役立ち度 |
★☆☆☆☆ |
実務での重要度 |
★☆☆☆☆ |
国家試験での重要度 |
★★★★☆ |
講義の楽しさ |
★★★☆☆ |
行政法の日常生活でのお役立ち度
行政法の勉強で得た知識が、私たちの日常生活で役立つのかという指標です。行政法の指標は星一つです。
行政主体の仕事のことを「行政行為」といいますが、民法で言うところの「法律行為=契約」に相当します。
行政行為では、行政主体の相手方となる人物がいるわけですが、多くの場合は、私たち国民です。
私たちは、普段から行政主体と様々な形で関わりを持っています。
例えば、税務署からは、税金の納税を催促されますし、警察署からは、交通ルールを守りましょうといった形で取り締まりを受けることもあります。
それから、私たちが結婚や離婚をすれば、市区町村の戸籍課で婚姻届や離婚届を出すわけですが、これも、市区町村という行政主体と関わりを持っていることになります。
行政法では、行政主体が国民と関わる際の「行政行為」に関する大まかなルールは学びますが、現場で使われている法律を直接、学ぶわけではありません。
例えば、税務署が、徴税する際は、所得税法とか法人税法を根拠にしますし、警察官による交通の取締も道路交通法や警察官職務執行法を根拠としています。また、戸籍の届出も戸籍法が根拠です。
行政法では、これらの法律をすべて学ぶことは不可能です。これらの法律に触れることはありますが、あくまでも「例え話」として触れるだけです。
節税方法が分かるわけでもありませんし、道路交通法の細かいルールが分かるわけでもありません。
そのため、行政法の知識は、日常生活ではほとんど役立ちません。
行政法の実務での重要度
行政法の勉強で得た知識が、弁護士、行政書士、公務員といった実務家の仕事に役立つのかという指標です。行政法の指標は星一つです。
上記で述べた通り、行政法では行政法と呼ばれる分野に属する法律を「例え話」としてつまみ食いすることになります。
それによって、「行政主体が仕事をする際の共通する大まかなルール」を理解することができます。
でもそれだけでは、会社で言うところの「新人研修」を終えた段階に過ぎません。
現場で仕事するためには、現場で使う実際の法律を勉強しなければなりません。
例えば、市区町村で戸籍係に配属された場合は、戸籍法を体系的に勉強する必要がありますし、行政書士が国民側に立って、届出等の手続きを代理する際も同様です。
そういうわけで、法学部で行政法をみっちり勉強しても、「新人研修」を終えているレベルに留まるわけですから、それだけでは、公務員になってもすぐにバリバリ働けるようになるわけではありません。
行政書士も同様で、実務で通用する知識は、合格後に勉強しなければならないわけです。
行政法の国家試験での重要度
行政法が司法試験などの国家試験でどの程度重要なのかに関する指標です。
行政法の指標は星4つです。
行政法は、司法試験、行政書士試験、公務員試験で出題されます。
司法試験では、本試験は論文だけ。短答式が出るのは予備試験だけで出題数も主要科目と比べて少ないので重要度はやや下がります。
一方、行政書士試験、公務員試験では、最重要科目です。
司法試験と並行して、行政書士試験を受けることはよく推奨されますが、不合格になってしまう方もかなりいます。
その結果、「行政書士試験にも受からないのか。これでは司法試験とかとても無理じゃん」と意気消沈してしまい、司法試験に対する自信を無くしてしまう方もいらっしゃるわけですが、敗因の多くは、行政法を勉強していないから、又は行政法に苦手意識があるからです。
公務員試験では、法律科目以外にも様々な分野の勉強が必要ですが、法律科目の中では、行政法の出題数が最も多いのが一般的です。
やはり、しっかり勉強して苦手意識をなくすようにしましょう。
行政法の講義の楽しさ
行政法の法学部での講義は楽しいのでしょうか?
楽しいかどうかは、担当教員によりますし、又、学生さんの好みにもよるでしょう。
行政法という法律はありませんが、「行政法は何を勉強する科目なのか?」で話したような総論と呼ばれる分野を一通り終えた後は、次の4つの法律を学ぶことになります。
- 行政手続法
- 行政不服審査法
- 行政事件訴訟法
- 国家賠償法
行政手続法は、行政庁が処分等を行う場合の共通ルールを定めた法律です。第一条にも次のように規定されています。
行政手続法 (目的等) 第一条 この法律は、処分、行政指導及び届出に関する手続並びに命令等を定める手続に関し、共通する事項を定めることによって、行政運営における公正の確保と透明性の向上を図り、もって国民の権利利益の保護に資することを目的とする。 2 処分、行政指導及び届出に関する手続並びに命令等を定める手続に関しこの法律に規定する事項について、他の法律に特別の定めがある場合は、その定めるところによる。 |
この共通ルールを学ぶことで、現場で実際に運用されている法律を理解するための基礎知識を得ることができます。
現場で実際に運用されている法律とは、2項にある通り、「他の法律に特別の定めがある場合」のことです。
例えば、宅地建物取引業(不動産業)を営む場合は、宅地建物取引業法という法律に基づいて、国土交通大臣や都道府県知事から免許を受けなければなりません(宅地建物取引業法3条)。
また、建設業を営みたい場合は、建設業法という法律に基づいて、国土交通大臣や都道府県知事から許可を受けなければなりません(建設業法3条)。
これらの免許や許可を受けるためにはどのような要件を満たしていればよいのかということは、それぞれの法律に細かく規定されています。
これらの特別の定めに関する法律は、法学部では、「例え話」として触れることはあっても、本腰を入れて勉強することはありません。
特別の定めに関する法律は、数千件も存在していて、その一つ一つをしらみつぶしに勉強していたらいくら時間があっても足りないからです。
公務員や行政書士を目指す方のみ、実務に入ってから、特別の定めに関する法律を勉強することになります。ただ、法学部で共通ルールを勉強していれば、仕事の覚えは早いでしょう。
行政不服審査法は、これらの免許や許可を受けるための要件を満たしているのに免許や許可が下りないのはおかしいと思った時に、行政庁に対して不服を申し立てる際の共通ルールを定めた法律です。
また、行政事件訴訟法は、行政庁に対して不服申し立てをしたのに、行政庁が取り合ってくれない場合に、裁判所に対して訴えるための手続きについて定めた法律です。
最後に、国家賠償法とは、公務員の不法行為によって、国民が損害を受けた場合に、国や公共団体に対して、損害賠償を求めるための法律です。
民法の不法行為法のうち、国に対するものに特化した法律ということができます。
行政法を勉強すると、世の中の法律の大半が行政法と呼ばれる法分野に属していることに気づき、その奥深さに圧倒されるはずです。
そして、行政法をマスターすれば、数千件もの法律を独力で読み解くための力が身につくので、これほど勉強のしがいがある科目は他にないとも言えます。
まとめ
行政法は、行政法と呼ばれる分野に属する法律の共通ルールを学ぶ科目です。
その性質上、抽象的な話も多く、挫折する方も少なくありません。
また、行政法を勉強してもそれだけでは、役に立つ知識は得られません。
ただ、行政法をマスターすれば、行政法に属する数千件の法律を独力で読み解くための基礎ができます。その力は、実務に入った時に真価を発揮します。
スポーツをやるための筋トレのような科目ということもできるでしょう。
公務員や行政書士、行政手続に強い弁護士を目指す方は、学生時代に勉強しておきましょう。